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13****

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もう大晦日だ。まずは、例年通り、毎日の写真のスライドショー。今年はゆっくり目に3分にしたけど、もうマンネリだ。来年は何か別の方法を考えよう。


元の写真は、↓ここ。
flickr.com/photos/tamakisono/sets/72157632409324783/

さて、2013年を振り返る。

初めは、2013年は「脱お金、脱インターネット、書道、山、写真、サウナ」の静かな一年にするつもりでスタート。書道用の台を作ったりして。



なのだけど、1月~3月は、盛岡、会津若松、名古屋、東京、京都...、全然静かじゃなくなって、収入も支出もダウンロードもアップロードも激しいスタートになってしまった。あと、京都のお仕事(詳細は後日シロシベブログにて)が始まった。

4月は、長男の小学校入学だ。入学した学校は僕が卒業した学校で、勉強する教室も同じ教室、当時のクラスメートの子どもがうちの子とまたクラスメートだったりして驚いた。田舎ではこういうことが時々起こると思うけど、東京で出会った人たちを思い浮かべると、基本的に実家が別のところにあって、東京周辺の人で代々同じ土地に住む人は稀なので、あまりこういうことって起こらないと思う。今もやっぱり、北井一夫の「フナバシストーリー」でいうところの、田舎は「長男の世界」、都市部は「次男三男の世界」なんだなぁ、と思う。



で、どういうわけか春頃からシロシベ・リトリート構想が一気に動き始めて、6月に始まった



で、そうだ、今年の6月は近所の川でものすごい数の蛍が飛んだ。蛍の写真ってどうやって撮るんだろ…。写真では全然伝わらないのだけど、肉眼だと数十メートル離れた場所からでも見える明るさで鳥肌がたった。



で、ぼちぼち改装しようかと思ってた7月後半~8月、シロシベの仕事がめちゃくちゃ忙しくなってしまった。この時にやってた仕事、シロシベブログにアップしにくい内容も多いのだけど、書ける仕事もいっぱいあるのに、全然更新できない...。そして、リトリート全然進まず。 で、8月6日は今年も広島平和記念公園に行った



あと、今年のお盆は、飯沢さん&ときたまさん&リマコナさんの来訪があった。



9月は、何だっけ...。そうだ、教師教習だ



10月は、比較的静かだったかな。月末に盛岡行った。この盛岡の仕事もまだブログに書いてないなぁ。

11月は、1日に山でよく出会ったタダ…

巨人と壁とKindle

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上の子が字が読めるようになってきたので、サンタさんからのプレゼントという体で、AmazonのKindleを手に入れた(正確には子どもが手に入れたKindleを借りた)。

仏教寺院におけるクリスマスプレゼントとか、商業化された宗教行事、興味深い話題ではあるけれど、それはさておき、さっそく「進撃の巨人(Kindle版)」を大人買いして、子ども名義のAmazonアカウントに入れて読んでみた。おもしろい。Kindleも素晴らしい。というわけで、Kindleと進撃の巨人に関する雑感のメモ。

Kindleは、薄さや軽さ、バッテリーの持ち具合、書籍購入の簡単さ、もう完璧で、電子インクのディスプレイもすごくて、明るくても暗くてもよく見えて感動する。特に真っ暗な状態で読むと、視界に入るのはうっすら光る紙面だけ、みたいな状態になってすごくいい。あとは、電子書籍の充実と低価格化だけど、音楽がCDからネット配信に移ったような早さでは変化しないのかな、どうかな。

あと、素敵(かどうか微妙だけど)なのは、
電子書籍の読者が購入しているのは、書籍タイトルのデータ自体ではなく、その利用を認めるライセンスにすぎない。(2012.10.25「Kindleで購入した電子書籍は、実はユーザーのものではない」Wired.jp) というのがいい。「所有」はずっと気になってる言葉なのだけど、データを買っているのはなくて、データへのアクセス権を買う、というところがとても現代的。と思ったけど、「土地」もそうか。土地の場合は、一応は「所有権」という名前になってるけど、実際のところ地球の一部を人間が「所有」なんてできるわけはないので、アクセス権を買ってるのと同じだ。で、誰がその権利を付与するのか、というと、Kindle書籍の場合はAmazonで、土地の場合は国家、ということになるのかな。

そう考えると、手に入れた権利が大きくなればなるほど、できることが増える、自由になる部分が増える、という気がするけど、これは一面では正しいけど、逆に、その権利を与える者につぶれてもらっては困るようになるので、より深く権威のシステムの維持を願うようになって、従属していって、自由を奪われていく、ということにもなるんだろうなぁ、と思う。だから、屁理屈だとは思いつつ、気分の問題でしかないのだけど、シロシベ・リトリートの不動産は法人名義、Kin…

怖い話

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ええと、真っ黒の家があったんやぁ。その中にぃ、入ってみるとぉ...「ギャッッツ!」と音がして、ドアが開いて、それで、パーちゃんとチチちゃんが入ったら、自分の家やったん(笑)。それでな、ありんこさんがなぁ、入ってくるとな、かわいいかわいい女の子がいたん。「ありこんさん、好きだわよ」と女の子が言うたん。それで、女の子はしろ…、あちゃうわ、目が赤かって、泣いてたん。それで「ガッ!」って女の子が言いました。そうすると、夢を見たんでした。その夢がすっごく怖かったです。その女の子は怪物にやられて、もう、赤い目になってしまいました。おしまい。 お兄ちゃんの「紫の話」もそうだけど、オーディエンスの行間を読む能力に期待しすぎ。

というか、教えても頼んでもいないのに、覚えたての言葉で空想の物語を語り出すのがとても不思議だ(なぜか怖い話が多いのも不思議)。大人になると、小説家のような一部の人は物語を紡ぐけど、日常会話に空想の物語が出てくることってあまりない。これって言葉の力のとても大きな部分を使わずに過ごしてしまっているんじゃないか、と思う。


床の下地を張った

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しばらく進んでいなかったシロシベ・リトリート。腐ってたり、シロアリがいたり、いろいろ問題があって剥がした床板をリニューアルし始めた。

そういえば、この前知ったのだけど、同志社大学の「同志社びわこリトリートセンター」という施設が湖西にあるのですね...。名前もコンセプトもかぶってるし、施設は断然あっちの方がいいじゃないか...。というか、違う違う、全然違う。大きな大学の施設と比べちゃいけない。ジャンルが違う。



断熱材の発泡スチロール。発泡スチロールは、好きか嫌いでいうと嫌いだったけど、それは燃やすと真っ黒な煙を出すので、きっと良くないものが入っているんだろうと思っていたから。だけど、ググってみるとただの炭化水素で、燃やしても水と二酸化炭素にしかならないそうな。「しかし常温・大気中で燃焼させると、不完全燃焼を起こし大量の煤を発生させやすい。」なるほど、燃やし方が悪かったのか。見た目で悪者と決めつけて、実はこっちの接し方が悪かった、というのはよくあることだ。なにはともあれ、加工しやすくて安価なので断熱材として採用。

これが古い床板をはがした状態。


断熱材として発泡スチロールの板を敷いて。


で、合板を張った。4畳半くらいの部屋でも1日かかるなぁ。


までも、下地はきれいに張れた。次はリビングルームの床だ。その後、内壁を真っ白の漆喰で塗りたい。そして、床のフローリング(仕上げ)だ。あと、トイレ、バス、キッチン、玄関の床、2階、、、まだまだ続く。




近況メモ

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また1ヶ月以上ブログを更新しないでいた。近況メモ。


10月29日~31日は盛岡に行ってきた。このサイトに関するお仕事が目的で、合わせてこういう企画もあって、他にもたまたま開催されていた某会議にも参加させてもらって楽しい訪問だった。帰りはレンタカーで東北沿岸部をドライブして帰りたいと思っていたのだけど、バタバタしてしまって新幹線で直帰してしまった。 

盛岡は、仕事に誘って下さった大学の先輩がきっかけでつながりができた場所だけど、その先輩の仲間の皆さんと別の経路で知り合いだったり、その先輩の上司にあたる人が学生時代にうちの近所の止揚学園に通われていたそうで、これまた別経路で共通の知人がいたり、二重三重につながっていることを発見して驚かされる。

 あとIPS勉強会だけど、
今回のゲストは、滋賀からお越しいただく、園環樹(そのたまき)さん。精神保健の調査研究の分野でご活躍されていますが、浄土真宗のお坊さんでもあります。マインドフルネスや、コンパッション(慈しみ)などのお話を、仏教の観点からも、たくさんお聞きしたいと思っています。今月は、しっとりした感じになりますかね。 そんな語るようなことなど何もない...、と思いつつ、行きの新幹線でWikipediaから仕込んだ情報を中心にベラベラとしゃべってしまった、というか、なんというか、そこで行われていることは、「話し合い法座」そのもので、お寺でもなかなかできなくなっていることが、こうして別の文脈から生まれているということに感動する。お寺にいると全然感じないのだけど、ちょっと外に出ると仏教思想についてもっと知りたいとか感じたいという声は本当にたくさんあって、もっとちゃんと勉強しなければいけないといつも思う。 

リンゴが木になってるのを見たの初めてかもしれない(と言ったらいろんな人に驚かれた)。




11月2日と16日は近くのお寺の報恩講に出勤した。自坊以外のお寺の報恩講に出勤するのは初めてで緊張。うちの含めて、お寺の行事は昔に比べれば簡素化・短縮化されつつあるようだけど、それでもそれぞれのお寺に数十人が集まって、昔ながらの法要が脈々と続いていて、子供の頃は嫌いだったお寺の行事も「悪くないじゃないか」と思うようになったのはどういうわけか。

彦根市三津屋町の浜沿いの道。ほんといい場所。




11月23日、うちの報恩講だったけど、1日目を欠…

阿弥陀 と अमिता と immeasurable

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先日の教師教習の講義の中で、「阿弥陀」という言葉についてのお話があった。

阿弥陀という言葉は、サンスクリットの「अमिता (amita)」が、中国にわたって「阿弥陀」と音写されて、日本にわたって「あみだ」と発音されるようになった言葉。サンスクリットと英語はともにインド・ヨーロッパ語族で兄弟のような言語なので、似ている言葉がたくさんあって、この「阿弥陀」についても、最初の「अ (a)」は、英語の「a-」や「un-」と同じ否定の接頭辞で「不」とか「非」の意味。後ろの「मिता (mita)」は、英語の「meter」や「measure」に対応する言葉で、「測る」とか「計る」の意味。なので、「阿弥陀」を英語で表すなら「unmeasured」や「immeasurable」などで、「計り知れない」という意味です、という話だった。

ほう...。「南無阿弥陀仏」というのは「無量の光と命に帰依します」という意味らしいけど、もっとくだけた日本語にしてしまえば、「あぁ、はかれない」とか「まじではかりしれない」「もう分かんないし、まかす。」とか、そんな感じなんだと思う。

お寺のお仕事、今ほとんどお手伝いできてないのだけど、おあさじ(晨朝勤行)だけは毎日(出張とか早朝に出かける時、時々寝坊する時以外)ちゃんと出るようにしてて、ここでは正信偈というものを読むのだけど、1回のおつとめで「南無阿弥陀仏」が38回出てくるのかな、まぁ、約40回ほど声に出して読む。毎日毎日「あぁ、はかれない。はかれない。」と。これからお寺の仕事をちゃんとするようになったら毎日数百回だ。考えてみれば「南無阿弥陀仏」が僕にとっては圧倒的な最頻出語だった(熱心な念仏者というよりは、単に引きこもって仕事してるから無口なだけだけど)。

で、この「Measure」だけど、シロシベの方でも頻出の重要単語で、こっちの Measure は、名詞では尺度とかスケールとも呼ばれる「ものさし」、動詞では「はかる」の意味で、健康状態や症状、態度や感情、性格などなどを数字で表す行為を意味する言葉だ。僕が今までにかかわった論文ではほぼ全てに出てくる言葉で、「○○は○○で Measure した」「この Measure の信頼性・妥当性は...」「こんな Measure を作った」などなど、誇張でもなく Measure だらけ、はかってばかりだ。

スピリチュアリティ、癒す知、リカバリー、スプライト

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来月、島薗進先生にお会いする貴重な機会を得たので、予習しようと思い、「スピリチュアリティの興隆―新霊性文化とその周辺」を読んだ。読んで良かった。

WHOの健康の定義に加えられた加えられそうになった「霊的(spiritual)」という言葉、本屋さんの「精神世界」のコーナーに並んでいる本たち、ホスピスやビハーラなどの終末期医療、心理療法、セルフヘルプ、「気づき」のセミナー、お寺の様々なこと、などなど個別にバラバラに知っていたことが、「スピリチュアリティ」という補助線でつながって、それぞれの意味合いや文脈が読む前後で大きく変わった。

そして、僕にとって何より大きかったのは、大学で学んだことやその延長であるシロシベの仕事に関するもやもやと、伝統的な仏教の教団と深い関わりを持っていることに関するもやもや、この二つのもやもやが、「新霊性文化」というキーワードでつながったことだ。
新霊性文化はどのような観念や実践によって特徴づけられるだろうか。まず、新霊性文化は自らが、伝統的な宗教と近代科学や合理主義との双方の欠点を克服した新しい世界観、あるいは新しい運動や文化であると自覚している。現代の支配的な文化が伝統的な宗教や近代科学によって形成されたものであり、それが困難な行き詰まりを抱えていると考え、それらにかわる代替的な生のあり方を展望しようとする。 シロシベでは「近代科学や合理主義」に関わりの深い人に、お寺では「伝統的な宗教」に関わりの深い人にたくさん出会う。関わりが深いというか、まさにそれらの世界のど真ん中で生きている人たちと言ってもよいかもしれない。どちらの世界にも色んな人がいて、「困難な行き詰まり」を強く感じている人もいれば、そんなことは微塵も感じてなさそうに見える人もいる。僕の日々の仕事の中で、「どうにもこうにもやる気がでない仕事」と「頼まれてもいないのにやってしまう仕事」があるのだけど、どうやら、やる気が出る仕事というのは、この「行き詰まり」を超えていこうと模索している仕事なのではないか、という気がした。

伝統宗教については幼少期から、近代科学については大人になってから(とりわけ原発事故の後)、いろんな局面で「行き詰まり」を感じるけれど、とはいっても、まだまだ行ける、内側から次の時代の生のあり方を提案できる、とも思う(と思いたい)。どちらについても、もやもやした思いが…

教師を授けられた

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教師を授けられた。

9月21日から30日、京都の本願寺西山別院で行われていた教師教習に参加してきた。感想というほどの感想もないのだけど、一応思ったことをメモしておこう。

初日、集合して簡単な説明があった後、居室に通されて俗服から法衣に着替え。そこに指導員の方も一緒についてきて着替えの様子をチェックするのだけど(驚くけど)、
「(真顔で)あれ、なんで下着が白じゃないの?」
「(半笑いで)え!?」
「(真顔で)案内に書いてあったよね?読んでない?」
「(ひきつった顔で)え、あぁ、書いてあったようにも...。」
「(真顔で)今日は電話を許可するので、電話して送ってもらうようにしてください。」
ま、確かに案内にそう書いてあった。だけど、わざわざ買うのももったいないし、別にどうでもいいことだろうと普段通りの下着で行ったわけだけど、まさかの展開...。公衆電話から家に電話すると父が出て、
「あ、お父さん?下着、白くないとあかんねんて。2~3枚買って送ってもらえるかな?」
とまぁ、なんというか、まぁ、なんというか...。

なぜ下着は白じゃないのいけないのか、理由の説明はないけれど、僧侶に華美な下着は不適切だから、みたいな感じだろうか。指導員の先生、赤いアルファロメオで出勤されてますけど...。ま、僧侶が所有する車の車種なんて、僧侶の下着の色と同じ程度にどうでもいいことですね。どうかな。




毎日5時半起床で、掃除、朝のお勤め、朝食、講義、昼食、講義、夕方のお勤め、夕食、夜のお勤め、翌日のお勤めの練習、課題、入浴、、、、と23時の消灯までみっちり予定がつまってた。ここ数年、人に叱られるという経験をほとんどしてなかったので、叱られっぱなしの生活はちょっと新鮮だった。

参加者は45名で、年齢層は、20代が半分、30代が2割、40代1割、50代1割、60代1割みたいな感じかな。男性が8割、女性が2割程度か。現役大学生、お寺でお坊さんをしてる人、普通の会社員をしてる人、定年退職後の人、いろんな人がいた。僧侶であることに熱い思いを持っている人もいれば、のっぴきならない事情でやむを得ず住職を引き受けることになってしまった人、なんとなくの人、参加の動機もいろいろ。

初日から「あと何日で帰れる」とカウントダウンを始める人が少なからずいるのだけど、若い人ほど帰ることを心待ちしていて、年をとるほど帰り…

「静寂」というのは、 音や動きがない状態のことではなく、 静かな音や静かな動きに満たされた状態のことなのかもしれない

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シロシベ・リトリートの進捗メモ。

床の下地張りの準備やゴミ捨てをぼちぼち進めつつ、ウェブサイトを新しくした(スマホよりもPCで見ていただきたい)。
シロシベ・リトリート (retreat.psilocybe.co.jp)
こんな美しいウェブサイトは見たことない。と言いたいところだけど、実際には、Haruka Nakamura さんの Melodica のサイトとそっくり...。こんな偶然ってあるんですねぇ。というか、まぁ、これは、サンプリングです。

背景に使われてる動画は、9月7日の朝5時にリトリートの近くの琵琶湖畔で撮影したもの。




音があるのに無音よりも静か。
動画なのに静止画よりも止まってる。

不思議な感じがするけれど、実は「静寂」というのは、 音や動きがない状態のことではなく、 静かな音や静かな動きに満たされた状態のことなのかもしれない、 などと考えた。


縄張り争い

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ほんとこの夏は忙しかった...。リトリートの準備を進めるはずだったのに、ほとんど足を運ぶことができないまま夏が終わりそうだ。この夏の出来事、一応メモだけしておこう。

素敵なサザンカの生け垣だなぁ、と思っていたらスズメバチが巣を作ってしまって、ホームセンターで買ったスプレーで駆除した。



で、シロアリのことは以前書いたように、業者さんに駆除してもらった。細かいウッドピースを丁寧に張り詰めた素敵な床だなぁ、と思ってた床をシロアリのせいで剥がすことになった。



立派な桜の木だなぁ、と思ってたら、根っこが建物の下に入って基礎を持ち上げている。これ、このままだと良くないのかなぁ...。



虫とか木とか草とか、じゃんじゃん侵入してきて、駆除、葉刈り、草刈り、そんなことばっかりしてる。生きるって縄張り争いなんだなぁ、と痛感。

そして、良寛とたけのこのエピソードを思い出す。良寛が住んでいた建物の床が上がってきたので、不思議に思って床下を見てみるとたけのこが床を持ち上げている。これはいけないと急いで村の人にノコギリを借りに行って、そのノコギリでたけのこを切るのかと思いきや、たけのこが伸びれるように床板を切って穴を開けた、というエピソード。

このリトリート、「共生」が大きなテーマの一つなんだけど、共生ってどういうことなのか...。スズメバチの巣に殺虫剤のスプレーを噴霧しながら考えた。

で、昨日、仕事が一段目したので、久しぶりにリトリートに行って床貼りの準備をしてたら、軽くぎっくり腰をしてしまった...。ここ1ヶ月、ほぼ座りっぱなしでろくに運動もしてなかったのがいけなかったかな...。前途多難。




34

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34歳になった。誕生日に厚労省の平均余命の表を見るのが恒例になっているけど、平成23年度の簡易生命表によると、34歳男性の平均余命は46.43年。34歳の男は35歳になるまでに1万人中8人が死ぬんだそうで。ちゃんと日々を過ごしたい。

2年連続5度目

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狙ったわけではないのだけど、今年も偶然8月6日に広島にいたので行ってきた。2年連続5度目の広島平和記念公園

時節柄、原爆や戦争、歴史に関するいろんな言葉に出会うけど、今年一番印象に残ったのは、イルコモンズに載ってたジグムント・バウマンのこの言葉。

歴史の天使は、未来に背中を向けて進んでいくので、過去から目をそらすことができない。かれは、楽園を出てからというもの、立ちどまることなく動き続けている。というのも、立ち止まって、うっとり見とれるような景色に出会ってないからである。彼を動かし続けているのは、いま目にしているものへの嫌悪であり、反感である。つまり、はっきりと目に見え、ありありと分かる恐るべき過去に対する恐怖である。歴史の「進歩」とは、空の鳥を追いかけることではなく、戦場に散らばった死体から、急いで離れたい、という強い衝動なのである。 ― ジグムント・バウマン どういう文脈での言葉か分からないので、ちゃんと全文読んでみたい。

徒然草の、
死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。
 (死は、前から来るのではなくて背後に迫っている。人は皆、死ぬ事を知ってはいるが、すぐには来ないと思ってて、予期せずやって来る。沖の干潟が遥か彼方に見えているけど、潮が足元の磯から満ちてくるように。) を思い出した。

時間が流れていくことは、後ろ向きに歩くことに似てて、ぐっと体をひねらないと前は見えないし、足元見てないとすぐにつまづく。気がついたら戦争が始まってたとか、気がついたら住めない土地になっていたとか、気がついたらなくなってたとか、そういうことにならないようにちゃんと前を見るようにしたい。

水道の開通

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7月12日に水道が通った。



井戸を掘ってもらって、手押しポンプでいちいち水を汲むスタイルにしたかったのだけど、井戸が出ないエリアだそうで断念。

業者さんから「○○のあたりはいい水が浅い場所を大量に流れてる」「○○のあたりは汚い」「○○のあたりはかなり深い」なんていう話を聞かせてもらって、どこもよくよく知ってる地域なのに、まるで知らないことばかりで驚いた。地下水脈なんてことをまるで意識しないで生きてきた僕と、地下水脈を知ってる業者さん、地図が全然違うように見えてるですね。知ってる人は、坂口恭平のいう「レイヤー」を一つ多く持ってるというか。Wikipediaの「水循環」のページを見てみると、地下水の量は河川の水の量の5600倍、目に見えてる水の流れなんてごくごく一部で、とても身近で大事なことなのに、ほとんど見えてなくて何も知らなかったことに驚く。

最近、福島原発の汚染水が地下水経由で海に流出していることがニュースになってたけど、ちょっと地下水についてググるだけで、いろんな場所のいろんな地下水汚染の情報が出てくるわけで、もう、なんというか、よくもまぁ何も知らずに生きてこれたなぁ、と呆れる。こんなことだらけなんだろうな...。


7月12日。


もともとは床下にパイプが通っていたのだけど、木の根が大きくなったせいで割れていたそう。補修のコスト削減のために、新しいパイプは外を通して壁から入れるスタイルに。これがまたなんというか、とてもいい風情。この壁は黒く塗りたいんだけど、塗ったらきっともっとかっこよくなる。



というわけで、準備は続く。

シロアリ駆除

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リトリートの準備について細かくメモを残しておくつもりだったのに、どういうわけか今年の夏は忙しくて、記録どころか準備自体がなかなか進まない...。この夏は毎日通ってじゃんじゃんきれいにしていくつもりだったのに....。
で、シロアリ駆除についてメモ。
これが6月17日の様子。

7月の初めに床下からシロアリ発見。


シロアリはアリじゃなくてゴキブリの仲間なんですね。シロアリが密集して蠢く様子は相当キモいけど、暗くて湿って暖かく静かな所を好むそうで、これはちょっと共感できるところもあるかな。これってキノコが生える場所と似てるけど、生態系の中で分解を担う生き物はこういう環境が好きなのかな。あと、思いつくのが東京。東京は、この真逆で明るくて乾いてて冷たくて騒がしい。

ともあれ、シロアリが木を食べると建物が壊れてしまうので、それではかなわないので駆除してもらうことに。駆除するために床板を全部はがした。

7月4日。



7月5日。


7月18日。


で、7月26日に駆除業者さんが来てくれた。立ち会ってお話をきかせてもらいたかったのだけど、この頃から急に忙しくなり始めてしまって立ち会えず。残念。

これから床を張る。土台はちゃんと残っているので自分で床貼りやってみよう。いつになるか分からないけど...。


これからどうする―シロシベリトリートの作り方

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もう7月半ばだ。何がしたいか分からないまま始まってしまったシロシベ・リトリート、これからどうするか考えているところで、岩波書店から「これからどうする―未来のつくり方 」という本が出た。228人の著者が書いてて、持ち歩くのをためらう672ページ。今年は本を買わないことにしてたけど、どうせ今年の抱負は実現してないことばかりなので、東京丸の内の丸善で平積みになってたのを買ってしまった。

柄谷行人、内田樹、上野千鶴子、養老孟司、山折哲雄、鎌田實、嘉田由紀子、金子勝、今中哲二、國分功一郎、孫崎享、赤川次郎、暉峻淑子、想田和弘、湯浅誠、平野啓一郎、平田オリザ、原研哉、などなど、気になってる人がたくさん書いてて、それぞれ数ページずつなので飽きずに読めた。

メモしておきたいことはいろいろあったけど、シロシベリトリートに関係することで、グッときた部分をメモ。

原研哉。
「家」は、エネルギーや移動、複合化する家電、成熟マーケティングや美意識資源など、様々な産業を融合させることのできる可能性の塊である。これまで「家」が面白くなかったのは、土地と繋がって値上がりする金融商品的な性格を色濃く持っていたために、庶民は皆、間違いのない無難な家の買い方を余儀なくされてきたからである。地価も安定し、物件の再利用も含めて、生活者が主体的に家を構想できる住宅リテラシーが高まってきた現在、家は自分たちの暮らしを充足に導くものであり、伝統や美意識を発露させる対象にもなる。(中略)「シェア」という概念にも深化がおこるだろう。幸福の根拠が個の自由に帰する時代を経て、一人だけ、我が家だけという利己よりも、互いの存在が豊かさや幸せの背景をなすという考え方が芽生えてきそうだ。コミュニティを義務的な集団ではなく、豊かさを支え合う人的連鎖と捉える感覚。共同でキッチンや食堂、カフェを持つとか、広い共同浴場を持つような発想の背景にはこのような感受性が働いており、シェアリング・コミュニティがその先に見えてきている。3.11を経て、こういう傾向はいっそう強まってきた。 「家」「シェア」「発露させる場所」そう、まさにリトリートのキーワード。「物件の再利用」っていうのも重要だと思う。富士通総研のレポートによると、「新設住宅戸数、純滅失戸数ともに現状維持のケースの場合、2028年の空き家率は23.7%となる。」だそうで…

アクティング・アウト

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また1ヶ月以上ブログを書いてなかった。シロシベ・リトリート構想の続きです。



まずは記録から。
4月16日 不動産屋さんと電話で話す。5月3日 不動産屋さんに来てもらって中を見せてもらう。5月11日 リフォーム業者さん立ち会いでまた見せてもらう。5月21日 もろもろ見積もりができる。5月29日 税理士さんに相談する。5月30日 契約の手付金を払う。6月10日 決済、所有権の移転。6月15日 権利書が届く。


というわけで、あれよあれよと話が進んで本当に買ってしまった。

今年の抱負は、「脱お金。お金を受け取らない、使わない、売らない、買わない、触れない、にしようかと思ったけど、これはちょっと厳しそうなので、極力触れないようにしようと思う。」だったのだけど、これまでの人生で最も大きな買い物...。そういえば今年の2つ目の抱負は「脱インターネット」だったわけだけど、これはネットで見つけた物件だ...。ふうむ...。

大きな出来事なので考えていることをメモしておこうと思うのだけど、いまひとつよく分からない。「所有は自由を奪う」と思っていて、できるだけ身軽でいるために物を買うとか、もらうとか、所有するものが増えることに関してはいつも慎重なのに、よりによって不動産所有権の購入。こんなに人間の自由を奪うものもなかろう、という気もするけど、どういうわけかそれほど迷わずに買ってしまった。いつもは靴下を一足買うことさえ慎重になるのに。

手首を切ってしまうとか、仕事をいきなりやめてしまう、誰かを殴ってしまうとか、やってる本人も意味がわからないまま心の深いところの言葉にならない何かに突き動かされてやってしまう、みたいなことを意味する「アクティング・アウト」という言葉があるけど、まさにこれだなぁ、と思う。

こんなものを買って何がしたいのかうまく説明ができないわけだけど、やりたいことは漠然とたくさんあって、徐々に形にしていけるといいな、と思案中。築40年でしかも後半の20年は放置されていた建物なのでかなりボロボロ。まずは修理していかないといけない。これから掃除しながらリフォームの作戦を立てていく。


シロシベ・リトリート構想(あるいは妄想)について

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シロシベ・リトリート構想(妄想)というものがあります。 

まだあまり具体的ではないのですが、「Psilocybe Retreat (シロシベ・リトリート)」という場所を琵琶湖畔に作りたいと思っています。 Retreat という言葉は、
【名-1】避難、引退、引きこもり【名-2】避難所、隠居所、静養所【名-3】《軍事》撤退、退却、撤収、撤退の合図、退却ラッパ【名-4】瞑想[静修](期間)【自動-1】後退する、撤退する、退く【自動-2】後方に傾斜する【他動-1】~を後退させる【他動-2】再処理する、再治療する  (英辞郎) などの意味を持つ言葉です。

形式上は株式会社シロシベの保養施設にするのがよいかと思うのですが、一人の会社にそんなものが必要であるわけはなく、 関係のない人にも開かれた場所にしたいと思っています。

オフィスのようでオフィスではない、 アトリエのようでアトリエではない、 ギャラリーのようでギャラリーではない、 商業施設のようで商業施設でない、福祉施設のようで福祉施設ではない、 民宿のようで民宿ではない、 カフェのようでカフェではない、 道場のようで道場ではない、 私有地のようで私有地ではない、避難できる場所、瞑想できる場所、 マインドフルになれる場所、静かになれる場所、 そういう「場」を作りたいな、と思っています。

ま、理由なんてどうでもいいのですが、理由はいろいろあって、

シロシベの仕事はネット経由の一人PC作業ばかりで、人や自然と間接的にしか触れないのがつまらない(つまらない会議や飲み会とかがないのは嬉しいけど)ので、リアルな何かがしたいシロシベの仕事とお寺の仕事の両立ができていない、というか、接点が見つからないので、その接点になるような何かがしたい琵琶湖が好きなので琵琶湖の近くで何かがしたい そんなところでしょうか。
で、シロシベを始めて以来、見積書やら納税やら、お金をことをよく考えるようになりました。それで2010年頃は、余った売上で研究助成をするといいんじゃないか、などと考えていたのですが、2011年に東日本大震災が起きて、寄付というものについて考えさせられてTwitter募金とかやってみて原発事故後の学者の姿を見て研究や学問のあり方についてもいろいろ思うところがあって安冨歩氏の本を読んだり内山節氏の本を読んだりソローニュの森とき…

音楽に合わせて文字が踊る気持ちよさ

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ふう...。ずっと仕事してる...。

桜も散って、入学式も終わって、花粉症ももうそろそろ終わりそうなのに、旧年度の仕事が終わらない。今年は各方面より仕事をたくさんいただいて、本当にありがたいです(棒読み)。

で、仕事中はいつも音楽をかけているのですが、最近のヘビーローテションはこの3つ。


Major Lazer "Watch Out For This (Bumaye)" feat Busy Signal, The Flexican & FS Green


Ariana Grande "The Way" ft. Mac Miller


Snoop Lion "Here Comes The King" feat. Angela Hunte


で、ミュージックビデオもどれも素敵なのだけど、それぞれに、「Official Lyric Video (公式歌詞ビデオ)」があるんですね。音楽に合わせて歌詞の文字が動くニュージックビデオは前からあって別に新しくもないのだけど、今は普通のビデオとは別に改めて歌詞ビデオを作るんですね。ファンが勝手に作るんじゃなくて制作者側でオフィシャルな歌詞ビデオを。テレビじゃなくてYouTubeで共有される時代ならではの配慮、でしょうか。

これがまた、いいんですね。歌詞、特にラップとかパトワとかは何を言ってるか全然聞き取れないので、それが分かるっていうのも嬉しいのだけど(ま、文字になってもよく分からないけど)、なんていうか、この音楽に合わせて文字が踊る気持ちよさ、これは一体何だろうか...。気持ちいいの僕だけかな...。外国語だからかな。日本語でも気持ちいいのかな。フォントが好きだから、文字が好きだから、言葉が好きだから、かな。 リリックビデオ、気持よくて、ついつい自分でも作りたくなってしまうけど、どういう機会があるかな...。勝手に作ればいいか...。何にしても、リリック・ビデオというジャンルができてることが嬉しいし、楽しみが増えた。


Major Lazer "Watch Out For This (Bumaye)" (Official Lyric Video)


Ariana Grande ft Mac Miller 'The Wa…

写ルシ届くんです

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今日でシロシベ創業4周年。

3月はいつも忙しいのだけど、今年は今までで一番忙しい年度末かも。ありがたいことです。忙しいと軽躁状態になってしまってどうでもいいことが頭に浮かんできます。

で、思いついたのが「写ルシ届くんです」。これはやばい。富士フイルムの「写ルンです」というレンズ付きフィルムがあるけど、これの発展版で、レンズ付きフィルム付きプリント付き定形外郵便物。

お店で買って、写真を撮って、届け先を書いて、そのままポストに投函すると、数日後に写真が届くという商品。








量販店だと普通の写ルンですは500円くらいで売ってるようだけど、それに送料(定形外100g未満で140円)と現像代(500円くらい)とプリント代(700~800円)と写真の送料(80円)、全部コミコミで2000円弱、くらいでいけるんじゃないかな。高いかな...。

までも、プリントするならどうせかかる料金だし、こういうのを買うシーンというのは、緊急時だったり、イベント時だったり、旅先だったり、特別な意図があったり、わりと非日常の財布の紐がゆるんでるシーンだろうし、2000円だったらアリじゃないかな。

使用済みのカメラが一箇所に集積されたら部品リサイクルも効率的になっていいんじゃないか。

既存のインフラの組み合わせだけで実現しそうだけど難しいかな。

なんといっても、カメラをポストに入れたら家に写真が届くシステム、かっこいいと思うけど、どうかな。

富士フイルムにメールしようかしらん。

さて、よその会社の新商品を考えている場合でない。ふう...。仕事するか...。終わるのかなこれ...。