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12****

2012年を振り返る。 まずは恒例の毎日撮ってる写真を1分で振り返るムービー。今年は音楽をつけてみた。



今年のハイライトはなんだろうか。福島に行った(3月)、フィラデルフィアに行ってフィリスに会った(3月)、鹿児島に行った(7月)、終戦記念日に広島の平和記念公園に行った(8月)、Tシャツ作った(8月)、家族看護学会で発表した(9月)、うちのお寺で友達が結婚した(9月)、シロシベ・リトリートを作りたくなってきた(10月)、飯沢さん&ときたまさんが来た(10月)、書道を始めた(10月)、京都でBOSEに会った(11月)、一閑張りを作った(11月)、熟柿庵に行った(12月)...。今年は本格的に引きこもっていたような気がしたけど、そうでもないなぁ。

今年の抱負は、
12kgやせる。歯医者に行く。本を24冊読む。 だったけど、ダイエットは目標の半分の6kgしか減らなかった歯医者には7月に行った。本は、ブログにメモした本だけで、
川上弘美の「神様 2011」タナカカツキの「サ道」 安冨歩の「原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―」安冨歩の「生きる技法」東浩紀の「一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル」アルフレッド・W・クロスビーの「数量化革命」金子勝と児玉龍彦の「逆システム学―市場と生命のしくみを解き明かす」網野善彦の「無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和」 ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン―惨事便乗型資本主義の正体を暴く」 島薗進の「日本人の死生観を読む 明治武士道から「おくりびと」へ」高木俊介の「精神医療の光と影」エマニュエル・トッドの「世界の多様性 家族構造と近代性」エーリッヒ・フロムの「愛するということ」孫崎享の「戦後史の正体」國分功一郎の「暇と退屈の倫理学」網野善彦の「日本の歴史をよみなおす」上野千鶴子の「近代家族の成立と終焉」千田有紀の「日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか」松田毅一&E・ヨリッセン(著)「フロイスの日本覚書―日本とヨーロッパの風習の違い」斎藤環の「家族の痕跡―いちばん最後に残るもの」R.D.レインの「好き? 好き? 大好き?―対話と詩のあそび」網野善彦の「異型の王権」みうらじゅんの「マイ仏教」田村尚子の「ソローニュの森」内山節の「怯えの時代」内山節の「貨幣の思想史―お金について考えた人びと」内山節の「日本人はなぜキツ…

白蕊の飛田新地

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つづく書道熱。臨書ばっかりしてるのもつまらない、創作がしたい、展覧会にも興味が出てくる、となってくる。

書道展や書道家のウェブサイトを見てみると、まぁ、なんというか、あまりの書道人口の多さ、層の厚さ、歴史の蓄積の大きさに驚き、ちょっとやそっと「これ、新しいんじゃないか」なんて思っても、そんなことは数百年前に誰かがすでにやってる、みたいなことになってしまうことはすぐに分かる。

書道作品の発表の場として、展覧会はあまりに競合が多すぎて、多少練習したくらいではまるでかなわない感じがするので出す気にもならないのだけど、書道層とウェブ層はそんなに重なってないらしく、ウェブ上での発表がいいんじゃないか、電通の関係のない唯一のSNSこと(本当かどうか知らないけど、そういう雰囲気は感じる)、Tumblr とかが良さそう、などと思い始める。

書道してると、今まで気付いてなかった日常生活の書道作品に目が留まるようになる。お寺の掛け軸や屏風はもちろん、醤油や味噌、和菓子、酒、焼酎、このあたりのパッケージにはほぼ100%に書が用いられていて、町の中でも、居酒屋さん、料理屋さん、着物屋さんの看板、いろんな雑誌や広告、いたるところに書があることに気付く。あと、お経の本の字なんかも全然気にしてなかったけど、活字じゃなくてきれいな毛筆で書かれてて目を奪われる。

そんな中、ふと目に止まった SHINGO☆西成の「飛田新地」。



これももちろん看板の字が目について仕方ない。看板はプラスチック製に見えるけど、ペンキで手書きかな、モダンな技術を使ってあるのかな、何にしても、角丸正方形の白地に黒文字だけのタイトなデザインにグッとくる。で、店の名前がどれもこれも書道ジェニック。どれも1~3文字の漢字や仮名で、半紙で練習するのにもってこい。しかも、どれもほのかに色っぽい言葉なのも、年寄り臭くなくていい。気軽に「いいね!」とかできない感じも素晴らしい。

セックスワークの歴史や倫理、周辺にある暴力や搾取や社会的不公平、こういうものについてどうのこうの言いたいわけではないけれど、というかそもそもよく知らないのだけど、とにかく、ここのお店の名前を書きたい、と思って書いてみた。

白蕊の飛田新地  - tobita-shinchi-psilocybe.tumblr.com


聞き取れない、映ってない、ググっても分からない名前…

柿渋で一閑張

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バック・トゥ・ザ・ルーツ。レッツ・現代文明批判。というわけで、というか、というのも何なのですが、どっちに進んでいいのか分からない時は、今まで歩いてきた道を見ているのもよいかもしれない、という感じで、歴史、古いもの、原始的なもの、などに関心が向きがちな今日この頃、一閑張を作ってみた。
一閑張とは、日本の伝統工芸品のこと。明から日本に亡命した飛来一閑が伝えて広めた技術なので一閑張になったという説がある。農民が農閑期の閑な時に作っていたものなので一閑張と呼ばれるようになったという説もある。竹や木で組んだ骨組みに和紙を何度も張り重ねて形を作る。形が完成したら柿渋や漆を塗って、色をつけたり防水加工や補強にする。食器や笠、机などの日用品に使われたが、現在はあまり一般的に使われていない。 一閑張 - Wikipedia 書道をしてると書き損じの半紙が大量に出てくる。これを捨てるのももったいないなぁ、とふと思い、そういれば、半紙を貼り重ねて作った籠があった気がする、あれ何だっけか、「半紙 貼り重ねて 籠」でググると一閑張が出てきた。インターネットってほんと便利。この便利さ感動しつつ、現代社会はこれでいいのかと思いつつ、なかなか難しい。

で、柿渋って何だ。
柿渋(かきしぶ)は、渋柿の未熟な果実を粉砕、圧搾して得られた汁液を発酵・熟成させて得られる、赤褐色で半透明の液体。柿タンニンを多量に含み、平安時代より様々な用途に用いられて来た日本固有の材料である。 文献で最初に記載されているのは10世紀頃であり、漆の下塗りに使用された記録が残っている。また、衣類に使用したのは、平安時代の下級の侍が着ていた「柿衣」がその始まりとされる。 カキタンニンには防腐作用があるため、即身仏(ミイラ)に塗布したり、水中で用いる魚網や釣り糸の防腐と、強度を増すために古くから用いられてきた。また、木工品や木材建築の塗装の下地塗りにも用いる。縄灰と混ぜて外壁の塗装にも使用された。更に紙に塗って乾燥させると硬く頑丈になり防水機能も有するようになるため、かつてはうちわや傘、紙衣の材料として用いられ、現在でも染色の型紙などの紙工芸の素材としても重要である。 タンニンが水溶性タンパク質と結合して沈殿を生じる性質は清酒の清澄剤として利用されており、今日ではこの用途で最も多く用いられている。塗料としての用途は近年は利用…

内山節の本を3冊続けて読んだ

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原発事故の後の産、官、学、メディア、などなどの唖然とするような嘘や理屈にショックを受けた。それぞれの中にいる人はきっと真面目に仕事をしてるだけなのに何でこんなことになるのか、こんなことになってしまう仕組みの背景に何があるのか、ということを考えると、ここで「お金」が重要な役割を担っていることはすぐに分かるわけだけど、お金って何なのかよくよく考えてみればよく分からない。そこで、それまで全然興味のなかった「経済」に興味が出てきた。現代経済学とかそういうのではなくて、もっとこう、根本のところを考えている人の本が読みたい、ということで、内山節の本を3冊続けて読んだ。
内山 節(うちやま たかし、男性、1950年 - )は哲学者。高校卒業後、大学などの高等教育機関を経ることなく、書籍などで自らの思想を発表しながら活動する哲学する人で知られている。長らく大学などの研究職についていなかったが、2004年から2009年まで立教大学の特別任用教員としても活動していた。1970年代から現在でも、東京と群馬県上野村との往復生活を続けている。上野村では畑を耕し、森を歩きながら暮らしている。
内山節 - Wikipedia 経歴からしてグッとくる。で、まず「怯えの時代」。印象に残った言葉のメモ。
貨幣には、交換価値はあっても使用価値は持たない。なぜなら貨幣は食べることも着ることもできないからである。(中略)使用価値は有用性のことだけれど、ものの有用性は結びつきの中で生まれてくる。たとえば食べ物の有用性は人がそれを食べるという結びつきのなかで発生してくるように、衣服の有用性は人がそれを着るという結びつきのなかで生まれるようにである。しかもその有用性は、それを包む関係性の内容によっても変わる。たとえば孫と祖父母の関係の中では、「つまらないもの」であってもそれが孫から祖父母へのプレゼントとして提供されれば、祖父母にとっては大きな有用性をもつものにもなりうるし、逆に関係が悪化している人からのプレゼントであれば、どんなものでもゴミ箱に捨てられる有用性しかないこともありうる。使用価値の大きさは、その使用価値とともに展開する関係のあり方によって、大きく変化するのである。そしてそのことは、使用価値はそれ自体がもっている価値ではなく、関係のなかで発生する価値だということを示している。その意味で使用価値は関係的価…

書道ジェニシティ(shodogenicity)を提唱したい

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書道にはまってしまって、日常生活にも支障をきたすようになってきました(仕事が手に付かない、お風呂に入らない、朝の勤行をさぼる、など)。

ま、それはそれとして、新たな概念を発見をしたのでメモ。というか提唱したい。

臨書をしていると、これから書く字について、
「おお、これ書きたい!」と思う言葉と、
「ううん、これ気が乗らないなぁ。」と思う言葉が出てくる。

たとえば、笙、空、杏、夢、まき、星輝、徳島、錦、一碧、龍子、などは書きたい言葉で、一方、川辺、さらさ、伸、仁、八重、萌え、播磨、湘南、夜桜、などは気が進まない言葉(何の臨書してんだよ、という感じですが、それはまたおいおい...)。

この違いはなんだろうか、と考えてみた。言葉の意味は関係なく、画数や字の対称性、文字の組み合わせ、いろいろ関係ありそうだけど、どれもこの違いを説明できる決定的な要素ではなさそう。これらの要素とは独立した一つの「書道映えするかどうか」という概念(軸)があるんだな、ということに気づいた。

写真でも同じように、なんだか分からないけどかっこいい写真になる被写体と、どう工夫してもパッとしない被写体というのがあって、この間には説明の難しい違いがあります。この二つの間の違いを、フォトジェニシティの違いといいます。

フォトジェニック(photogenic)という言葉は、「写真写りの良い」とか「写真映えする」といった意味で使われる言葉で、写真に凝ったことがある人には分かる、あの「写真にするといい感じ」感のこと。たとえば人の写真。世の中には美人とそうでない人がいるわけだけど、美人がフォトジェニックかというと必ずしもそうではなくて、逆に、いわゆる美人ではないんだけど写真すると妙にいい写真になる、みたいな人がいるわけです。このようなことは、花でも虫でも風景でも建築でも道具でもあって、それ自体の美しさとかかわいさとかおもしろさとは次元の異なるフォトジェニシティという性質があります。

もちろん、人によって「美人」が違うように、かわいいと思う所、おもしろいと感じる所はぜんぜん違うし、フォトジェニシティを感じる被写体は写真を撮る人それぞれにぜんぜん違うわけですが、「どうしたらかっこいい写真になるんだろう。」と考え始めると見えてくる一つのそういう概念(軸)があります。

で、これとまったく同じことが書道にもいえて、書道映えする…

雅号と篆刻

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書道を始めて2週間。もう生活の一部になってる感じさえしてきました。

書道、いい。何が良いか。今の時点で思いつくことは、
集中して余計なことを考えない(意外と気を使って生きている)身体を使う(普段使わない筋肉を繊細に使うし、息を詰めたりふう~っと抜いたりと呼吸が多様)歴史のスケール感がすごい(お手本が2000年以上前のものだったり) 無目的性(目的がない。あっても「美しさ」的な非言語的で比較不能で上限のない目標設定)一期一会感(墨の色や濃さ、筆が含む墨と水、紙の滲み、などなど毎回違って二度と再現できない) あたりでしょうか。あと大事なのがローコスト。紙も墨も筆も数百円で十分な質のものが買えて、しかもどんな小さな文房具屋さんでも置いてある。その上、道具にこだわろうと思えばそれはそれで奥の深い世界が広がってそう。
で、ひきつづき榊莫山の本にならって、王羲之、欧陽詢の臨書(の臨書)をしているのだけど、ちょっとググるとYouTubeにたくさんデモンストレーションの動画があって、蘭亭序にしても九成宮醴泉銘にしてもさすがクラシック、いろんな書家が書いてる様子が動画で見れるんですね。お手本だけだと分からない筆の持ち方とか、動かし方とか、座り方とか、着てる服とかとか、すごく面白い。


現代中国の有名な書家らしい田英章、書いてる字とこの風貌のギャップとか、とても味わい深い...。というか、本場のスターの手元が間近に簡単に見れるって贅沢。

動画に英語でコメントがいっぱい入ってて「beautiful!」とか書いてあるのも面白い。字の意味が分からなくても美しさが伝わってるんですね。そういえば驚いたのが、お手本になってる臨書、文章の意味の区切りとは全然関係のところで3文字とか4文字とかを切り取って練習するんですね。そもそも、蘭亭序は「詩集の序文」だし、九成宮醴泉銘は「泉が湧きでた記念碑」、温彦博碑は「お墓」だったりで、大した意味のない文章が不朽の名作になってるのもおもしろい。意味から開放されて普遍性を得てる、というか。表意文字と表音文字、書道とカリグラフィ、レタリング、タイポグラフィ、フォント、いろいろと興味がわいてくる。

で、お手本とYouTubeを見ながら仕事の合間に(どっちが合間が微妙だけど)書くわけです。

最初は「結構それっぽく書けるじゃん、うまいじゃないか。」と嬉しがっていたものの、し…

書道を始めることにした

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ここ数年、実家への引越しとか起業とか大きめの出来事が密集してて右往左往してたのだけど、それなりに落ち着いてきたところで去年の震災と原発事故。で、これからの生き方についていろいろと考えさせられて、まだよく分からないのだけど、ふつふつと次の展開のイメージが広がり始めた今日この頃。いくつかある今後やりたいことの中で、最もお手軽に始められそうな「書道」を始ることにした。 

父に「書道しようと思う。余ってる道具あるかな?」と聞いてみたら、アッという間に、硯、筆、墨、紙、文鎮、下敷き、全部揃った。その上、お手本として角川書店から出てる榊莫山の「書の講座」シリーズも出てきた。読みやすいエッセイがたくさんあって読み物としても面白そう。書は中国史との関係が深いんですね。最近歴史に興味が出てきたとはいえ、中国史は気軽に入っていくと迷い込んでしまいそうだな...。

 で、一巻の最初に出てくる「蘭亭序の臨書」を真似して書いてみた。筆を触るのは高校の時の選択授業で書道をした時以来。

というか、「臨書」ってなんだ?「蘭亭序」ってなんだ? 「臨書」はWikipedia によると、
手本を見ながら書くことを臨書(りんしょ)といい、古典などの学習手段とされている。臨書には、形臨(けいりん)、意臨(いりん)、背臨(はいりん、暗書(あんしょ)とも)の方法があり、それを用いて技術・書作の原理を習得し、創作活動への自己の成長を図る。
形臨: 字形を真似することに重点を置いて書く。手本にできるだけ忠実に字形や用筆法だけを模倣し、もっぱら技術面の習得を図る。 意臨: 筆意を汲みとることに重点を置いて書く。作品が生まれた時代背景や作者の生き方、精神性まで模倣する。 背臨: 手本を記憶した後、手本を見ないで記憶を頼りに書く。その書風を自分のものとして他の作品にも応用していく。 臨書 - Wikipedia なるほど。「守破離」と似てる。で、蘭亭序(らんていじょ)というのは、
蘭亭序(らんていじょ)は、王羲之が書いた書道史上最も有名な書作品。353年(永和9年)3月3日に、名士41人を別荘に招いて、蘭亭に会して曲水の宴が開かれ、その時に作られた詩集の序文の草稿が蘭亭序である。王羲之はこれを書いたときに酔っていたと言われ、後に何度も清書をしようと試みたが、草稿以上の出来栄えにならなかったと言い伝えられている。…

ソローニュの森

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田村尚子「ソローニュの森」が良かった。大好きな医学書院の「ケアをひらく」シリーズから出た写真集。 白い装丁もきれい。内容については、Wired と Studio Voice に詳しい記事があったのでそちら参照で。


「正常」とは何ですか?:伝説の精神病院「ラ・ボルド」で写真家・田村尚子が写した問いかけ « WIRED.jp田村尚子『ソローニュの森』 | STUDIOVOICE


 エッセイの中に出てくるウリ先生の言葉も印象的で、 
対象を固定化して物象化してしまわないための<詩的なロジック>  とか、
森の片隅には、修復されないまま残された屋外カフェや使い古された機具、日向に日陰に咲く花々の片隅に置かれたベンチ、飼育小屋の馬や動物たち。サロンには、患者さんによって運営されるタバコ屋や、アルコールなしのバーもある。そのどれもが、機能を果たすためだけにつくられたものとは一風違ったものだなといつも思う。利便性を優先する「コード化」を拒み続けるためには常に戦う姿勢が必要だというウリ先生の話はよくわかる気がした。 とか。


 どういう順番で写真が並べられているのか知らないけど、前半の恐る恐るシャッターがきられた緊張感の高い写真から、後半に向けて、徐々にリラックスして真正面から見据える写真へ変化していくようにも見える。そのプロセスを追体験させてもらえて、そして「人を疎外しない」ということがどういうことなのかを写真を通して垣間見せてもらえた気がする。

やりたいことや作りたいものを模索中の今、ちょうどいいタイミングで出会えて良かった。このところ疼き始めた「『場』を作りたい願望」に大きなインスピレーションを与えてもらった。

M.J. のマイ念仏

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東京行く時に本を持参するのを忘れて駅前のツタヤで買ったMJの「マイ仏教」。面白かった。ユーモラスな文章なんだけどすごく真っ当で分かりやすくて共感できる仏教思想の解釈。

たとえば「比較三原則」おもしろかった。
他人がいて、それを比較する言葉があって、はじめて自分の立っている位置を認識します。比較ができるからこそ人類は進歩したのかもしれないし、比較こそが苦しみを生む原因なのかもしれません。これを「比較三原則」と私は勝手に読んでいます。“他人と過去と親”。この三つと自分を比較してはいけないのです。 うふふ、本当にその通りだと思う...。

で、一番印象に残ったのが「マイ念仏」。

お寺で生まれ育ったりすると、「何なんだよ、南無阿弥陀仏ってよ...。」などということを一度は思ったりはするものだと思うのですが(他の人は知らないけど)、この何とも難しい「念仏」について、今まで読んだり聞いたりした説明のなかで一番しっくりきたかもしれない。ちょっと長いけど引用すると、

 言葉があることが原因で、他人との比較を生んでしまい、それが苦しみの原因だとするならば、それを逆手にとって、言葉を上手に使ってポジティブになれる方法もあるのではないかと思います。私はどんなに辛いときも「そこがいいんじゃない!」と思うようにしています。(中略)
 「そこがいいんじゃない!」と唱えることで、段々とその対象を好きになっていきます。考え続けて苦しい状態も少し楽になっていきます。このように「そこがいいんじゃない!」と発声する訓練をしておくと、そう発言した瞬間から、脳が「そうなんだ」と思い始めてくれます。人間はいつも脳主導で動いているように見えますが、このように言葉を無理矢理にでも発することで、その0.1秒後に脳がついてくる、ということに気づきました。
 これは言葉からの開放かもしれない、と逆説的に思うこともあります。普段、脳は先輩面をしていますが、たまには先輩を困らせてみるのも一つの手ではないでしょうか。
 思ってもみなかったことを発言した瞬間、間違いなく先輩の脳は戸惑っています。でも、先輩の脳も頭が良いので、すぐに飲み込んでくれます。
 この「そこがいいんじゃない!」は、自分にとっての念仏みたいなものです。
 私の「南無阿弥陀仏」が、この「そこがいいんじゃない!」なのです。
 「お金がなくなってきた。今月ピンチだな。」…

マッシュルーミング

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なんと、ときたまさん飯沢耕太郎さんと猪子山でキノコ狩り。わお!
(しかも、お二人ともシロシベの2012年Tシャツをお召し。素敵。)



確実に食べれるキノコだけで半日でこんなに採れた。判別不能のキノコも合わせるとこの倍以上。何百回と通ってる道だけど今まで全然キノコに気付かなかったなぁ。




北向十一面観音の前で、地元の子どもたちも興味津々。老いも若きも男も女も評論家もアーティストも、キノコの前ではみんな「変な笑顔」になります。

で、食べた。


セイタカイグチ(Boletellus russellii)のガーリックソテー。


ナラタケ(Armillaria mellea)などなどのピザ。

他にも炊き込みご飯やお味噌汁、ドキドキしながら食べたけど、一番印象深かったのが、ホコリタケ(Lycoperdon perlatum)のデザート。

「昼の家夜の家にホコリタケのデザートのレシピ出てくるでしょ、あれしましょうよ。」
「ああ、あれですね。」
とキノコ狂いの皆さんの間では通じてしまうらしいポーランドのオルガ・カルチュクによる「昼の家、夜の家」という本があるそうで、そこに出てくる「ホコリタケの甘いデザート」のレシピにならって作ってみた。該当部分を引用すると、
まだ若い、白いホコリタケ
炒めるためのバター
粉砂糖

ホコリタケを、コインの厚さにスライスする。キノコの皮は必ずしも剝かなくてよい。尖った突起は、取り除くこと。フライパンにバターを熱し、ホコリタケが金色になるまで炒める。粉砂糖をまぶして、お茶うけにどうぞ。 文学作品に出てくるレシピって美味しさ以外にも味わいがありますねぇ。この本の内容紹介、
ポーランドとチェコの国境地帯にある小さな町、ノヴァ・ルダ。そこに移り住んだ語り手は、隣人たちとの交際を通じて、その地方の来歴に触れる。しばしば形而上的な空想にふけりながら、語り手が綴る日々の覚書、回想、夢、会話、占い、その地に伝わる聖人伝、宇宙天体論、料理のレシピの数々…。豊かな五感と詩情をもって、歴史に翻弄されてきた土地の記憶を幻視する。現代ポーランド文学の旗手による傑作長編。 読みたくなってきた...。それはさておき、ホコリタケのデザート。


写真を撮り忘れてしまったけど、↑ ホコリタケはこういうキノコ(写真はaSIMULAtorさん)。成熟すると茶色くなって、つまむとてっぺんから胞子の粉…

It ain't nothing like について

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ヒップホップの楽しさの一つが本歌取り。で、歌詞での本歌取りもいっぱいあるのだけど、英語のラップなんて基本的に聞き取れなないし、歌詞を読んでも意味がわからないことが多いので、残念なことに何を言ってるのか不明のままほったらかしにしてしまいがちです。が、今日一つ謎がとけたのでメモ。

 「イテネ、ナ、ラィ、イテネ、ナ、ラィ、イテネ、ナッ、ラィ、ヒップホップミュージック」ってよく聞くなぁ、とは思っていたけど、
It ain't nothing like, it ain't nothing like, it ain't nothing like hip hop music. でした。 今日iPhoneでこれを聞いてる時にふと画面を見たらタイトルにもなってた。言われてみればい確かにそう言ってる。



この Bizarre Tribe: A Quest to The Pharcyde、大好きな A tribe called quest と The Pharcyde のハーフ・アンド・ハーフみたいな感じで、たまらないといえばたまらないのだけど、王将の餃子と天一のラーメンのセット定食みたいな、ちょっと、ま、いいか。で、「イテネ、ナ、ラィ」は上のビデオの3:30くらいから。

で、ググってみると、一番最初はこれだそうで、Stetsasonic の Go stetsa Ⅰの3:45あたり。



あと、Method Man の Spazzola の1:14とか。



Ain't nothing って二重否定で肯定?「ヒップホップのようなものは他にない、わけでもない」の意味?かと思ってググってたら、ピッタリの質問が。
i don't need no doctor とは? | 英語のQ&A【OKWave】
このような二重否定を使うアメリカ人は多いです。しかし、これは明らかに誤った英語だと、当人たちを含めたアメリカ人の誰もが認めています。ですから、その数多くのアメリカ人は、学校で先生に再三注意されるし、ビジネスミーティングや簡単な裁判で使おうものならバカにされたりします。 以上のことからも分かるように、このような二重否定は、無学な人々やアウトサイダーの間でよく使われます。よって、レイ・チャールズのように、「どん底の黒人の暮らし」を歌うのを常としていた歌手や…

「異型の王権」を読んで服装について考えた

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網野善彦の「異型の王権」を読んだ。このところ「歴史」に興味が出てきたのだけど、その主な理由は、網野善彦の本が面白かったから。なんでこの人の本が他の歴史の本と違って面白いのか、「はじめに」の文章でちょっと明らかになった。
このような「身辺雑事」に関わる問題を取り上げることになんの意味があるか、という厳しい批判も依然として耳に入るこのごろであるが、しかしかつて高校教育の現場で、制服か自由服かをめぐって激論を交わした経験のある私にとって、この問題は決してどうでもよい問題とは思えないのである。服装のあり方が、人の心を深くとらえ、それを端的に表現するものである以上、人の心を問題にしようとする歴史学がそれを放置することは、むしろ重大な怠慢といわなくてはなるまい。 鶴見俊輔の解説によると、
権力者の交替としてだけでなく、おおきな身ぶり・身なりの変動として、鎌倉から南北朝への時代を見るこの見方は、民俗学と歴史学をむすびつける著者の方法である。「昔はこうだった」という証言を集めているだけで、歴史学とかかわりがないように考えられていた民俗学の方法は、何年何月何日に将軍がなくなったというような日付と、点対点的な対応を求められても、こたえを出せない。しかし数百年、千年の大きな区分によってとらえるならば、歴史把握の方法として活力をもつ。 学校の授業でならう「歴史」は、権力者の交替の歴史なんですね。今の権力者に興味を持てない僕が、昔の権力者の交替劇に興味を持てないのは当然のことで、網野善彦の歴史は、リアルな生活の場の歴史だから面白いんですね。

で、表紙の絵は、「融通念仏縁起絵巻」という15世紀の絵巻物の一場面で、このような絵の中の変な格好をしている人たちは何者なのか、この杖のような棒は何なのか、といった切り口で、異類異型といわれた人々への恐れや畏敬、蔑視や差別、位置づけの変遷を通して中世(おもに室町期)が描かれていきます。


網野善彦によると、現代と同様に、室町時代は「人間の社会と自然との関係の大きな転換」のあった時代だそうで、「15世紀以降の社会のあり方は私たちの世代の常識で、ある程度理解が可能ですが、13世紀以前の問題になると常識が通用しないかなり異質な世界がそこにはあるように思われます。」と。 鎌倉時代以前には見られない出自不明の農民・商人層の社会進出を可能とし、日本史上初めて顔が見える…

好き?好き?大好き?と胡蝶の夢

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R.D.レイン (著)、村上光彦 (訳)の「好き? 好き? 大好き?―対話と詩のあそび」を読んだ。

著者のレインは、
ロナルド・D・レイン(Ronald David Laing、1927年10月7日 - 1989年8月23日)はイギリスの精神科医、思想家。
1950年代末から1960年代にかけて、統合失調症の患者を入院治療によって隔離・回復させようという当時の主流の精神医学に対し、むしろ地域に解放し、地域の側の認識を変容させることで治癒させることをめざす「反精神医学、anti-psychiatry」運動を提唱・展開し、デヴィッド・クーパーとともに同運動の主導者とみなされている。
この運動はまた、のちの家族療法や、『アンチ・オイディプス』などを書いたフェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズなどにも影響を与えた。 http://ja.wikipedia.org/wiki/ロナルド・D・レイン 統合失調症、地域、家族、反精神医学、ドゥルーズ、気になっているキーワードてんこ盛り。

対話形式の詩が多くて、解釈の幅が広くて、ポカーンとさせらるのだけど、妙にザワザワした気持ちにさせられたり、ニヤリとさせられたり、ゆっくり落ち着いた気持ちで時間をかけて読みたい本。

訳者あとがきによると、
機構(システム)が支配する世界においては、自分が社会の歯車だと思えればいいほうで、たかだか小さいねじ程度のものでしかないと考えられなくなることがあるものです。そんなとき、人は必死になって、自分の人格の独立を願い、人格どうしの連帯を求めるのです。…レインが示している数々の人間模様のなかには、石化への恐れ、すなわち《生きた人間から死んだ物に、つまり行動の主体性を欠いた死物、石、ロボット、オートメーションに、主体性のないものに変わる、ないしは、変えられる可能性についての恐れ》に憑かれた病者の苦悩を反映したものが見られます。  弱者に対する切り捨て御免の態度への怒り  家族が―ひいては社会が―尊敬・画一性・服従を促進するための策略を練っているとして、レインはこれらの策略をあばきだすために豊かな想像力を駆使しました。…社会を支えている、家族に根ざす支配構造の告発に努めてきました。 東洋思想の影響はこの本にも認められます。…荘氏にもとづいた一節もあります(胡蝶の夢)。…病者が妄想のなかで胡蝶であると…

ルイス・フロイスの日本覚書

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松田毅一&E・ヨリッセン(著)「フロイスの日本覚書―日本とヨーロッパの風習の違い」を読んだ。網野善彦の「日本の歴史をよみなおす」で紹介されてて興味をひかれて

フロイスというのは、イエズス会員として戦国時代の日本で宣教したポルトガル出身のカトリック宣教師ルイス・フロイス(1532年 - 1597年)のこと。

「われら(ヨーロッパ)は○○、日本人は○○。」という形式の箇条書きで、宗教、医療、建築、芸術、衣服から、酒の飲み方や鼻の穴のほじり方にいたる多様な話題についてフロイスが残した611項目のメモの邦訳に、松田毅一とE・ヨリッセンの解説と考察が添えられた本。

で、今の関心はもっぱら家族や結婚の話題なのだけど、関連するところでは、

ヨーロッパ日本未婚女性の最高の栄誉と財産は貞操。処女の純潔を何ら重んじない。それを欠いても、栄誉も結婚(する資格)も失いはしない。夫が前方を、妻が後方を歩む。夫が後方を、妻が前方を行く。夫婦間において財産は共有である。各々が自分のわけまえを所有しており、ときには妻が夫に高利で貸しつける。妻を離別することは、罪悪であることはともかく、最大の不名誉である。望みのまま幾人でも離別する。彼女たちはそれによって栄誉も結婚(する資格)も失いはしない。堕落した本性にもとづいて、男たちが妻を離別する。しばしば妻たちのほうが夫を離別する。娘や処女を(俗世から)隔離することは、はなはだ大問題であり、厳重である。娘たちは両親と相談することもなく、一日でも、また幾日でも、ひとりで行きたいところに行く。妻は夫の許可なしに家から外出しない。夫に知らさず、自由に行きたいところに行く。堕胎はおこなわれもするが、たびたびではない。日本では、いともふつうのことで、20回も堕ろした女性がいるほどである。嬰児が生まれ後に殺されることなどめったにないか、またはほとんどなったくない。育てることができないと思うと、嬰児の首筋に足をのせて、すべて殺してしまう。女性が文字を書く心得があまり普及していない。貴婦人においては、もしその心得がなければ格が下がるものとされる。通常、女性が食事をつくる。それを男性が作る。男性が高いテーブルで、そして女性が低いテーブルで食事する。女性が高い食卓で、男性が低い食卓で食事する。女性が葡萄酒を飲むことは非礼なこととされる。(女性の飲酒が)非常に頻繁であり、祭…

網野善彦と斎藤環と松岡宮

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最近読んだ2冊の本。
網野善彦(著)「日本の歴史をよみなおす

ずっと学校の歴史の授業では、歴史の何がおもしろいのかさっぱり分からずに大嫌いだったけど、今年「無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和」を読んですっかりはまった。孫崎さんの「戦後史の正体」もそうだけど、歴史を知ると、今目の前に見えてる世界の意味ががらっと変わるんですね(何を今更...かもしれないけど)。

本来捨てられるはずだったふすまの下地に使われてる紙に残された言葉から、公式に残されてる文書では見えてこない当時の人たちの生活が明らかになっていく様子とか、とてもスリリングでおもしろかった。

栄枯盛衰というか諸行無常というか、当時はものすごい勢いがあったであろう人やシステムが、跡形もなく消えて忘れ去られていくこと、あらためて驚く。と、同時に、人間の変わらなさにも驚く。

あと、家族と女性の地位について最近興味があるのだけど、そこで紹介されていたルイス・フロイスの「日本覚書」、すごくおもしろそうで買ってしまった。

で、2冊目は、斎藤環(著) 「家族の痕跡―いちばん最後に残るもの
拙著『家族の痕跡』(ちくま文庫)にも引用した傑作詩「謝れ職業人」の作者が判明しました。松岡宮さんという方でした。d.hatena.ne.jp/pentaxx/201208…
— 斎藤環 (@pentaxxx) August 14, 2012
松岡先輩の詩が引用されてるんだって!しかも、今関心のある家族がテーマ。というわけで即購入した本。詩は斎藤環氏のブログで読めます。必読。

宮崎駿の勤労感をややシニカルに紹介した直後にこの詩を引用して、
この詩に出会って以来、私はいっそう、「勤勉の美徳」なる概念については、疑いを持つようになった。「謝れ職業人」の過激さは、勤勉の自慢が有害である以上に、勤勉の美しさまでが暴力的であるというところまで届いているところだ。その職業が社会にとって有益か否かに関係なく、「職業を持つもの」は「持たざるもの」に謝罪しなければならない、という主張。この過激さは、果たしてどれほど理解・共感されうるだろうか。 僕はこの詩を読んで、自分が「白いブヨブヨした腹を踏みつけてサーフィンしている」こと、自分の無自覚の加害性に気付かされてショックでした。

で、肝心の家族については、「はじめに」の中のこの段落がすごい。
便利であって…

33

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誕生日なのでブログ更新。
33歳。思うこと、感じること、考えること、特になし。
(ツイートに全文入るエントリーだ。)

「ヒマの過ごし方」を聞きながら「暇と退屈の倫理学」を読んだ

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 國分功一郎 著「暇と退屈の倫理学」を読んだ。すごく面白かった。各章の副題が、

ウサギ狩りに行く人は本当は何が欲しいのか? 人間はいつから退屈しているのか?なぜ”ひまじん”が尊敬されきたのか?贅沢とは何か?そもそも退屈とは何か?トカゲの世界をのぞくことは可能か?決断することは人間の証しか? 印象的だった部分のメモ。

一章ではパスカル。
狩りとは何か? パスカルはこう言う。 狩りとは買ったりもらったりしたのでは欲しくもないウサギを追いかけて一日中駆けずり回ることである。 人は獲物が欲しいのではない。 退屈から逃れたいから、気晴らしをしたいから、 ひいては、みじめな人間の運命から目をそらしたいから、 狩りに行くのである。 …(略)…人間は退屈に耐えられないから気晴らしを求める。 賭け事をしたり、戦争をしたり、名誉ある職をもとめたりする。 それだけならまだ分かる。 しかし人間のみじめはそこでは終わらない。 おろかなる人間は、退屈に耐えられないから気晴らしをもとめているにすぎないというのに、 自分が追い求めるもののなかに本当の幸福があると思い込んでいる、 とパスカルは言うのである。 …(略)…狩りや賭け事は気晴らしである。 そして、「君は。自分がもとめているものを手に入れたとしても幸福にはならないよ」 などと訳知り顔で人に指摘して回るのも同じく気晴らしなのだ。 しかもその人は、この取り違えを知った上で、 自分はそこには陥っていない思い込んでいるのだから、 こういう人はもっともおろかだ。 二章では、西田正規の「人類史のなかの定住革命」が読みたくなった。

三章は経済史のお話で、ポスト・フォーディズムの消費=生産スタイルが構造的に要請する労働形態(非正規雇用)について、
かつてオフィス・オートメーションが現れたときには、機械が人間の雇用を奪うと恐れられた。しかしそれは杞憂に終わった。いまは人間が機械の代わりをしている。 前後がないとあれだけど、すごく納得。

四章では、ルソーの「自然状態論」。
たとえばだれかが集めた果実や、その人が殺した獲物、その人が使っていた洞窟を、別の人が力ずくで奪うことはできる。しかし、どうやって他人を服従させることができるだろう?「所有するものが何もない人々の間で、他人を自分に依存させる<鎖>をどのようにして作り出すことができるのだろうか」。ルソーがここで…

名前を書く欄について

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最近手に入れた帽子と靴。



「戦闘帽」。奥さんの実家が自衛隊の帽子を製造・販売される帽子屋さんで、この前おじゃました時にいただいてしまいました。Wikipediaによると、
戦闘帽(せんとうぼう)とは、軍隊の軍服における制帽の一種として採用されることの多い略帽の一形式であり、作業帽の一種でもある。戦斗帽と記述する場合もある。...日本においては、戦闘帽とは支那事変から太平洋戦争(大東亜戦争)に掛けて大日本帝国陸軍及び大日本帝国海軍の軍服の略帽として制式採用され、後には国民服の制帽として大日本帝国の男子国民の多くに着用が求められた... Wikipedia - 戦闘帽「国民服」のページも読むといろいろ驚くけど、それはさておき、帽体正面にY字型の継ぎ目がある特徴的な台形、短い目庇、後頭部側合わせ面の調整紐、ストラップ、ちょっとしたディテールの違いなんだけど、野球帽とは全然印象が違います。デモでよく見る機動隊員の方たちもこの帽子ですね。あと、この前読んだ孫崎さんの本の表紙の日本軍の方もこの形の帽子ですね。ものすごい歴史と意味がこもった帽子だけど、単に帽子のデザインして見ればかっこいい。現代のスーツやコート、軍服由来のデザインが多かったりするけど、どうしてなんでしょうね。



で、もう一つがミドリ安全の作業靴。とても良いので、初めてamazonのレビューを書いてしまった。amazonレビューといえば、「夏の夜独りじゃがりこ噛み得たり」が良かった。

で、この2つの共通点。名前を書くところがあること。





学校の体操服以来じゃないかな、自分の服に名前を書く場所があるのは。いい年した大人なわけですから、どれが自分の物かなんて名前書いてなくても分かるんだけど、この夏手に入れた物には2つとも名前を書く所があった。

こういうネームタグとか、制服とか、子どもの頃から大っ嫌いで、なんで他人に着るものを指図されなきゃいけないのか、揃えないといけないのか、などとぼんやりと感じていたわけですが、大人になって制服のことを考えてみれば、
制服を設けるもっとも重要な目的は、組織内部の人間と組織外部の人間、組織内の序列・職能・所属などを明確に区別できるようにすることである。また、同じ制服を着ている者同士の連帯感を強めたり、自尊心や規律あるいは忠誠心を高める効果が期待される場合もある。Wikipedia - 制服

お盆の集い2012

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お盆の集い2012。 昼過ぎから準備を始めてダンゴムシをつかまえて。
この後大雨が降るも、開始15分前にすっきり上がる。
おつとめをして、二河白道の比喩のDVDを見て、一乗かなめ氏のマジック。

くじびき、ヨーヨー釣り、スーパーボールすくい、輪投げ、花火。

67年目の広島平和記念公園

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ちょうど8月6日に広島に行くことができたので、式典をテレビで見た後、原爆投下から67年目の平和記念公園に行ってきた。小学校の修学旅行で1回目、大人になって2回目、2010年にソロモン先生と3回目、で、今日が2年ぶり4度目の平和記念公園。年をとるごとに戦争や原爆の意味が分かってきて、月日は遠ざかっているけど、抱く感情は大きく重くなっていく。

式典での、比治山小6年の三保竜己さんと安北小6年の遠藤真優さんの「平和への誓い」、これって、小学6年生が書けるのかなぁ、先生も手伝うのかな、どっちにしても感動した。
平和はわたしたちでつくるものです。
身近なところに、できることがあります。
違いを認め合い、相手の立場になって考えることも平和です。
思いを伝え合い、力を合わせ支え合うことも平和です。
わたしたちは、平和をつくり続けます。
仲間とともに、行動していくことを誓います。

沖縄の北谷町から千羽鶴。沖縄だってひどい被害があっただろうに、どういう思いで折り鶴を折るのかな。ちょっとググるだけでも、
北谷町は米軍上陸の地であり、したがってその体験記録には興味深い証言がいくつもある。中でも、丸太で米軍戦車を防ごうとした話や竹細工でオトリの飛行機を作った話は、今でこそ笑い話だが、そうした日本軍の作戦のもとに20万余の人命が無惨にも失われたことを考えると、暗然たる思いになる。...調査の結果、沖縄戦での犠牲者は1207人(戦死率15.1%)になったという。これは、西原町の戦死率46.9%、浦添市の44.6%と比べ、北谷町の際立った特徴である。ところで、県内53市町村のうち、こうした詳細な戦災調査を実施しているのは、この北谷町・西原町・浦添市などまだ一部でしかない。沖縄戦でいったいどれだけの人々が犠牲になったのかは、最も基本的なことでありながら、今だに解決されない問題なのである。 1993年2月6日・琉球新報・夕刊 暗澹とする。沖縄のこと、もっと知らないといけないと思う。

夜、NHKで「黒い雨~活かされなかった被爆者調査~」を見た。
去年2011年の暮れ、被爆に関する「あるデータ」が突然公表された。原爆投下直後に降った放射性物質を含む雨“黒い雨”に、1万3千人もの人が遭ったことを示す分布地図だ。 黒い雨とは、原子爆弾投下後に降る、原子爆弾炸裂時の泥やほこり、すすなどを含んだ重油のような…

孫崎享の「戦後史の正体」を読んだ

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孫崎享の「戦後史の正体」を読んだ。

原発事故の直後(というか、今も昔もなんだけど)、マスメディアの嘘や隠蔽が露骨で、どうしようもない気持ちになり、そんな時に孫崎氏のTwitter (@magosaki_ukeru)を見つけ、それ以来ずっとフォローしてます。その孫崎氏が最近いくつか出された本の中でも気になっていた「戦後史の正体」を読んだ。

全体的な印象としては、「え!それは知らなかった!衝撃!」というよりも、「ああ...。なるほど、そういうわけで、こうなってるのか...。」という感じで、不条理に感じていたことが、実は不条理でもなく、合理的で当たり前のこととして、整理されていく感じ。「高校生にも分かるような文体」で書かれているおかげでものすごく分かりやすい。

たとえば、検察特捜部が特定の政治家を起訴して、メディアが乗っかって叩いて、そして失脚させる、という一連の流れ。最近、小沢一郎周辺の話でモヤモヤしてたけど、これなんかも、
米国とのあいだに問題をかかえていた日本の政治家(首相クラス)が、汚職関連の事件を摘発され、失脚したケースは次の通りです。
芦田均(在日米軍について「有事駐留」を主張(←常時駐留を拒否))の昭和電工事件田中角栄(米国に先駆けて中国との国交回復)のロッキード事件竹下登(自衛隊の軍事協力について米側と路線対立)のリクルート事件橋本龍太郎(金融政策などで独自路線、中国に接近)の日歯連事件小沢一郎(在日米軍は第七艦隊だけでよいと発言、中国に接近)の陸山会事件 戦後直後から延々と繰り返されてるんですね...。で、全然知らなかったことだけど、
歴史的に特捜部は米国と深い関係を持っています。まず1947年、東京地検特捜部が占領下で、GHQのために働く捜査機関として発足します。敗戦直後は、それまで旧日本軍が貯蔵していた莫大な資材が、さまざまな形で横流しされ、行方不明になっていました。1945年10月にはGHQ自身が、東京の三井信託の地下倉庫からダイヤモンドをなんと16万カラットも接収しています。そうした不正に隠された物資を探しだして、GHQの管理下に置くことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」が、東京地検特捜部の前身です。「GHQの管理下に置くことを目的にする」という点に注意してください。つまり、GHQのために「お宝」を見つけだす特別の捜査機関。それが東京地…