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Showing posts from September, 2011

蝸牛

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中上健次の「蝸牛」という小説があって、高校生の時に読んで強烈な衝撃を受けたような気はするのですが、ストーリーはあんまりはっきり覚えていないくて、たしか、「ヒモの男が子どものいる女と蝸牛(カタツムリ)の交尾のように延々と性交する」みたいな話です。ちがうかな。とにかく、その「カタツムリのような性交」だけは、そのエロさとか、グロさとか、何だかとても強烈で、「カタツムリといえば交尾」という図式だけが記憶に残っていました。 

で、今朝、そのカタツムリの交尾を見つけました。初めて見たけど、想像してたのと全然違って、意外と距離があるんですね。で、肉眼ではよく見えなかったですが、写真でアップにすると、想像してたのとは違うグロさ。。。Wikipediaを見ていると、これまたすごい。。。
カタツムリは他の有肺類と同様に雌雄同体で、触角の後方側面(右巻きでは右側、左巻きでは左側)に生殖孔と呼ばれる生殖器の開口部があるが、普段は閉じていて目立たない。生殖孔は一つであるが、そのすぐ内部では雌雄の二つの生殖器の開口部に分かれている。生殖行動時には内部から陰茎が反転翻出し相互に生殖孔に挿入して交尾が行われる。 右のほほから陰茎が出てきて相互に挿入、生き物って多様。。。
カタツムリには右巻き(右旋:dextral)と左巻き(左旋:sinistral)があり、上から見て、渦の中心からどちら回りに殻が成長するかで決められる。日本産のものでは種ごとに巻きの方向が遺伝的に決まっており、大部分の種は右巻きであるが、ヒダリマキマイマイなど少数の左巻き種がおり、キセルガイ科のように科全体が左巻きのものもいる。通常、逆旋個体は体の構造も逆で、交尾孔も右旋個体は右側、左旋個体は左側に開く。多くのカタツムリでは対面しながらすれ違う位置で交尾孔のある側を相互に合わせるため、巻き方が逆であると交尾が困難となり種分化がおこる場合もあると考えられている。 両性があって、左右の別がある、ううん。。。「好きになってしまったあのこが左巻きだった」とか切ないですね。。。まあ、最初に気づけよ、っていう話ですね。いやでも、恋の始まりなんていうのは、そういうことではないですね。というか、こんな感じだったら巻き方が逆でもあんまり関係なくないか?と思えなくもないけど、まあ、余計なお世話ですね。みんなが両性具有の世界って、どういう感じ…

911から10年、311から半年。

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今日は、すっきり晴れて通常営業でした。14日までに印刷して納品しないといけないお仕事のタイムリミットが今日で、終わったら書こうと思っていた「911から10年、311から半年」の雑感メモ。もうこんな時間だ。。。ううん、ゆっくり考えたかったけど明日早いので「またおいおい」にします。 昨日の夜いっぱい書きはしたんですけども、「マスメディア、くそ!」みたいな内容にしかならなくて、もうちょっと冷やして考えます。

他にも、梅干チャリティの感想とか、次のツイート募金の妄想とか、STATA使ってみた感想とか、リカバリーフォーラム震災分科会とか、モモの感想文とか、カンガルーホテルとか、最新の回転寿司とか、ゆっくり考えてブログにしときたいこといっぱいあるのになかなか追いつかず。ううん。。。

commūnis

経済学の船出 ― 創発の海へ」おもしろかったです。詳しいことは本を読んでいただくとして「貨幣とは、人間が取り結ぶ縁の作り出す、一つの構造である。」目からウロコでした。

で、「うう、たしかに。。。」と唸ったのが「第6章 コムニス(commūnis)からの離脱」でした。

 「コミュニケーションという概念の問題点を、その語源である commūnis という言葉に遡って議論する」という章です。ラテン語の commūnis は、「共通の何か」や「何かの共通」ということを表す言葉で、ここから派生する言葉が、「コミュニケーション(communication)」「共同体(community)」「宗派(communion)」「共産主義(communism)」「共通の(common)」などなど。この commūnis 由来の言葉たちについて議論が展開されます。

 たとえば、「共同体(community)」については、経済学の文脈での、

共同体(community)/市場(market) 
という二項対立について触れられていて、ここでは community が「エデンの園」の隠喩であり、 market が「地上」の隠喩、共同体から離脱して市場に参加することは失楽園の過程の隠喩、共同体の外に生きる近代人の自由と不安の原因がこの離脱に求められる、なんてことが書かれています。

「地域精神保健」に近い場所にいる僕としては、「community」って「地域」なんですね。今まで「地域」って「病院じゃない場所」くらいの意味にしか思っていませんでしたが、

地域(community)/病院(hospital)
という二項を上の二項を重ねて見てみると、当事者運動とか反精神医学ムーブメントとかの「病院から地域へ」っていうのは、ただ退院するとか、地域滞在日数を増やすとか、それだけの話ではなくて、「共同体を取り戻す、楽園へ戻る」っていうニュアンスもあるんですね。「地域」ってなんのことかピンときてなかったですけど、上の言葉たちと兄弟にあたる言葉だと知ってやっと腑に落ちました。 で、話はそれましたが、この章の最後、
さて以上の議論によっては、問題は何も解決していない。わかったことはただ一つ、commūnis の呪縛に気をつけよ、ということだけである。我々が日常生活で出会う様々な危険が、この概念の周辺にある。「合意…