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スズキ・アルツ

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今年の1月は「ルンバとイヴ」のこともあって変化の大きな月だったのだけど、もう一つ大きな出来事があった。車を買い替えた。

僕の場合は、車に乗って出かけることといえば、法事、サウナ、銀行、コンビニ、スーパーくらいのものなので、なんだっていいといえばいいのだけど、大きな買い物ではあるし、メッセージ性の強い道具ではあるので、それなりに悩んでしまう。

TESLA Model 3 のつや消しの黒がかっこいい。



内装もかっこいい。



Range Rover Evoque Convertible もかっこいい。



Audi RS 4 Avant、かっこいい。


かっこいいけども、だ。国道沿いのサウナに行くとか、近所の葬儀ホールに行くとか、コンビニにタバコ買いに行くとか、そういうシーンを想像すると...、不適切だ。だいたいこれらの車はいくらするんだ。というわけで、ラグジュアリーな車は見て楽しむだけにして選択肢から外れるのだけど、実際に買う車を選ぶのも、それはそれで難しい。

トヨタのプロボックス。余計なものや機能がついてなくて、ヘンテコな価値の提案とかしてこないところがいい。街中でも全然目立たないし「お仕事おつかれさまです」としか思われないところもいい。これで葬儀ホールに行ったら「業者さんはこっちじゃないですよ~」とか言われそうだけど。



あとは、クラウン・コンフォートもいいけど、ちょっと長すぎる。



あと、インドで好きになったオートリキシャ。西宮にインドから輸入してカスタマイズしてくれるお店があるということで、わりと真剣に迷った。坊さんがこれで登場したらインド仕込みの本格派みたいな感じで良さそうだけど、僕はインド仕込みではない。それに、サウナの後に湯冷めしそうなので今回は残念ながら見送ることにした。



で。うちでは4人が3台を使いまわす感じになっていたのだけど、諸事情が重なって、3台まとめて買い換えることとなり、様々な要素を総合的に考慮した結果、スズキ・アルト。



複数人で複数台を使うので型が揃ってると便利だし、並んでる様子がかわいいし、まとめ買いするとちょっと割引してもらえる。あと、スズキのタオルとかミニカーとかお菓子とか近江牛とかいっぱいくれた(そんなにたくさんいらない)。

数ヶ月乗ってみたけど、これは本当に良い車だ。小回りきくし、燃費いいし、高速道路だって全然困らない。次に車を買う時は自動…

ルンバとイヴ

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1月23日の未明に猫のルンバが亡くなった。ニューヨーク生まれのルンバが3~4歳で諸事情あってうちにもらわれてきた時は、僕が東京に引っ越した直後だったので、それから18年うちに住んでいた猫(僕にはまるでなついてなかったけど)だ。享年21歳(もしくは22歳)。



23日の朝、裏庭に埋葬する直前から降り始めた雪がほとんど三日三晩降り続いて、近年まれに見る大雪になった。東近江は平野部でも50~60cm積もって、年寄りに言わせると30年ぶりの大雪だとか。





そして、ルンバが亡くなる3日前、1月20日に僕は仙台にいたのだけど、その帰り道のタクシーの中で、どういう巡り合わせか、J先生から「犬もらってくれないかなぁ、いろいろ事情があって...」というお話をいただいた。「いや、タイミングがちょっと...」と申し上げると、むしろこれは良いタイミングに違いない、運命を感じる、などなど言われてその気になって、「うちに帰って家の人たちに聞いてみます」ということで帰ってきた。



そして恐る恐る家族の反応を伺ってみると、案外みんな大丈夫そうで、というか、むしろ歓迎の様子で、あれよあれよと話がまとまって、1月29日、ルンバが亡くなって6日目にその犬が東京から新幹線に乗ってやってきた。



こちらに来て数日間はずっと怯えて震えていたのだけど、徐々に慣れてきたのか尻尾も振るようになってきた。2004年3月3日千葉県生まれで、もうすでに12歳の初老犬、名前は元の飼い主さんがつけていた「イヴ(本名はイヴリーヌ)」をそのまま使わせてもらうことにして、これからしばらく一緒に過ごすことになった。

イヴリーヌという名前の由来を聞いておけばよかった、と思ったりもしたけれど、亡くなったルンバも前の飼い主さんの命名で由来をよく知らない。由来の分からない名前というのもそれはそれで良いのかもしれない。

ドラマ中毒

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ここ1ヶ月、取り憑かれたようにドラマばかり見てた。 

Amazonってブラウザで動画も見れるんだぁ、と思ってふと見始めた「プリズン・ブレイク」ではまってしまって、シーズン4まで一気に見て、


LOST」っていうのがおもしろいらしい、ということでHULUの無料体験で全シーズン一気に見て、


もう完全にドラマ中毒になって、Netflix のアカウント作って「The Get Down


そして「NARCOS」。


ここ十数年、映画やドラマをほとんど見てなくて、こんなにドラマを見たのは18~19歳の時に「太陽にほえろ!」と「北の国から」のビデオをひたすら見てた時以来だ。

それぞれの内容については、すでにいろんな人がいろんなこと書いてるので省略するけど、この4つの中では「NARCOS」が一番好きだったなぁ。「The Get Down」はヒップホップ好きにはたまらない。「Prison Break」と「LOST」は、最初はいいんだけど、後半は無理やり引き延ばした感じがしてちょっと疲れる(のだけど見るの止められない...)。

上のドラマ、全部でたぶん200時間くらいあって、それを1ヶ月で見てしまったのだけど、1日あたり...、怖くて割り算できない。睡眠時間を削りまくって、仕事もできるだけ後回しにして、腰を痛めて(ずっと同じ姿勢で座ってるから)、こんなことしてちゃダメだとは思いつつ、「次を見る」をクリックするだけで続きが始まってしまうのでついつい...。

もうドラマ見るのやめよ...。やめられるかな...。無料体験期間はいいとしようか...。

携帯電話を新しくした

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極楽湯の駐車場でスマホを落として画面を割ってしまったので新調した。 

ちょうど Google の「Pixel」が発売されるらしいというので発売を待ってたのだけど、日本が一次発売国に入ってなかったのであきらめて1年前の「Nexus 5X」にした。これで何代目になるんだろうか。1998年に1代目、2001年に2代目...、だったような気がして、そして、2003年の3代目以降は、
2003年 Sony Ericsson A1101S(白) 2005年 Sony Ericsson A1404S(黒) 2007年 Sony Ericsson W51S(黒) 2009年 iPhone 3GS(黒) 2011年 iPhone 4(白) 2014年 Nexus 5(黒) 2016年 Nexus 5X(白)
懐かしい。どれにもそれぞれ思い出がある。今回の端末にはどんなエピソードがくっつくのだろうか。そういえば、今年、ダイエットの波が2年周期でやってくることに気づいたのだけど、携帯電話もほぼ2年リズムだ(2年縛り契約のせいだけど)。

2005年。


2011年。


2014年。


2016年。

毎回撮ってるつもりだっだけど、抜け抜けだ。

2009年の iPhone 3GS、一番ワクワクした端末なのに、入れ忘れてた...。悔しいな...。



「させていただく」について

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先日、メールに「○○させていただきます。」と書こうとして、ふと、違和感を感じた。この言い回し、話し言葉でよく使っているけど、書き言葉ではあまり見ないような気がする。これは間違ってるのかな、方言なのかな、と思ってググってみたらNHKのサイトに「視点・論点「させていただきます症候群」」というページがあった。
「させていただきます」は、明治の文学作品にも確認される言葉です。しかし、現在、この「させていただきます」については、批判的な意見もあります。紋切型だ、慇懃無礼だ、卑屈だ、許可した覚えはない、などです。さらに、使いすぎる人を「させていただきます症候群」と呼ぶ人もいます。「させていただます」のどこが批判されているのでしょうか。 というわけで、5つの類型に分けてその違和感が説明されている。要約すると、
すっきり話そうよ
「させていただく」は「いたします」で代用可能。  誰を立てているの?
「させていただく」は「させてくれる人」を立てる敬語なので、「課長をさせていただいています」と言ってしまうと社外の人に対して身内の上司を立ててしまう。 だれに許可をもらったの?
「させていただく」は、だれかの許可を得て行動していることを示唆する言い回しだけど、誰に許可をもらっているのか不明。「努力させていただきました」って、自分で勝手に努力してるんじゃないか。   自分勝手すぎるよ
相手に迷惑をかける行為と「させていただきます」という言葉は合わない。「突然ですが、今日でバイトを辞めさせていただきます」は、一見したところ丁寧な言い回しに見えて、一方的に通告している。   「さ」はいらないよ
「休まさせていただきます」は「休ませていただきます」でよくて、不要な「さ」が入った「さ入れ言葉」とも呼ばれている。 うんうん、確かにそうかも~、とやや腑に落ちないまま納得してしまって、そのメールでは「させていただく」を使うのをやめたのだけど、後日、司馬遼太郎の「街道をゆく 24 近江散歩、奈良散歩」を読んでいたら「させていただく」に関する一説があった。
近江を語る場合、
「近江門徒」
 という精神的な土壌をはずして論ずることはできない。門徒寺の数も多く、どの村も、真宗寺院特有の大屋根を聖堂のようにかこんで、家々の配置をきめている。この地では、むかしから五十戸ぐらいの門徒でりっぱな寺を維持してきたが、寺の作…

外注について

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「ウェブサイトの企画、デザイン、コンテンツ制作、検証、すべてワンストップで丸投げ(全部まとめて請け負いますよ)!」という広告を見かけた。コンテンツを作るところまで外注してしまったら何が残るのだろうか、と考えこんでしまった。

ウェブサイトを家にたとえれば、土地の取得から設計、施工、庭の手入れも、子育ても介護も近所付き合いもホームパーティも、全部丸ごと請け負います、みたいなものじゃないのか。それは誰の家だ。

で。外注(アウトソーシング)って、僕の会社でもしたりされたり、わりと重要なテーマなので、ちょっと考えてみたい。

たとえば掃除って外注されがちな仕事で、大きな建物とか組織では専門の業者さんが入ってることが多くて、個人のお家でも外注してる人がいたりするし、ルンバみたいなロボットを導入してる人もいる。そういうのって、つい「もったいない」と思ってしまう。掃除に高いお金を払うこととか高価なロボットを買うことがもったいないのではなくて(それもあるけど)、掃除の気持ち良さを捨ててしまってることがもったいない。

掃除の気持ち良さって、掃除直後のきれいな片付いた状態で時間を過ごす気持ち良さもあるけど、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、掃除そのものの気持ち良さがあって、たとえば雑巾がけだと、自分の手が通った前と後で床がきれいに変化するわけだけど、これって、大げさな言い方をすれば、自分の手が世界を美しくする経験なわけで、こんなに簡単に確実に自分の手が世界を美しくできることって、そうそうない。きれいな物を作るのって手間暇のかかる大変な作業だけど、雑巾がけはとても簡単で確実だ。これを他人やロボットにやらせるなんてもったいない。というか、そもそも、掃除なんてしなくても、ちょっとやそっと汚れてても死ぬわけでもなし、面倒なら放っておけばいいのに。

掃除みたいな下らないことしてる暇があったらその時間を他のことに使う、ってことなんだろうけど、まぁ、きっとみんな立派な時間の使い方をしてるのだろう。それなら仕方ない。

外注といえば「餅は餅屋」っていう言葉を思い出す。確かに、専門家に外注するほうが速くて安くて高品質で効率的なのだけど、年末の餅つき大会を前にして、「スーパーで買えばよくない?」「てか、餅いらなくない?太るし。」って言ってしまうと、きっと悲しい顔をする人が出てくる。餅つき大会で求められて…

37

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37歳だ。ここ数年、誕生日に生命表を見るのが恒例になっていて、今年も見てみた。

日本の37歳の男性の平均余命は44.69年で、38歳までに0.08%が死ぬそうだ。45年は予定を立てるには長すぎるし、0.1%弱は気にするには小さすぎるので、結局「へぇ」と思うだけで終わるのだけど。

とりあえず、コツコツまじめに生きてるといいんだろうなぁ、と思う。